3回誕生した魚部の活動の足跡

1回目:高校の部活動としての魚部(1998年度~)

  1998年4月、6月の文化祭を盛り上げるため、当時2年生で「帰宅部」の生徒を中心に集まり、当時部員がゼロだった「理科部」に仮入部する形で活動をはじめた。自分たちで実際に高校近くの紫川に入り何がいるのかを調べながら、文化祭で「紫川の魚展」という生体展示を実施。予想外の評判に気をよくした彼らはその後も理科部に居残った。部員が最後にいたころの理科部が残したものを見ると、化学的な実験などをしていた。対して自分たちは川に入って魚採りをしている。「俺たちは魚を捕まえてるから、魚部だ!」

 ここから魚部というそれまではこの世に存在しなかった言葉が生まれ、今や全国30数都道府県に約350名の「魚部員」がいる活動がはじまったのだ。

2回目:任意団体「だれでも参加できる魚部」(2014年1月~)

 いろいろな事情で魚部の将来的な存続があやういかもしれない。そんな危惧があった中で、「魚部はこの街の名物だ」というある方の言葉から「だれでも参加できる魚部」の構想がうまれた。高校部活動の魚部のOBやOG、さらに活動に縁のあった外部の専門家や愛好家などが集い、自然や生き物が大好きな者たちがつながる場をつくった。いわば「街のブカツ」、「市民のブカツ」としての魚部のはじまりである。(株)三宅モータースのご厚意で2階の一室をお借りして「魚部基地」と名付けた拠点にした。その場所で2014年1月10日、約35名の人々が集い、魚部が任意団体として2回目の誕生をした。

3回目:NPO法人化(2018年5月~)

  自然や生き物にかかわることを通じて、社会に貢献したり何らかの役割を果たしたりできるのではないか。そのためにより自覚的、主体的に活動できる組織形態が望ましいのではないかと協議を重ねた。そして2018年5月17日、NPO法人化し3回目の魚部の誕生となった。

 実はこれは2回目の誕生である任意団体としての出発式のなかで、将来的な選択肢の一つとして提示していた。思い付きや差し迫ってというより、広がりや深まりを踏まえた順当な変化だと認識している。